床の間は日本人の暮らしの中でいかに大切か、そしていかに素晴らしい文化であるか、ということをお話ししたいと思います。床の間つきの部屋は、その家の大事な儀式(イベント)を行う間として認識してください。先ず、日本の五節句は元旦から始まります。元旦にふさわしい掛け軸を床の間に飾り、お正月らしい鏡餅、そしてお花、その年の縁起物をしつらえます。新年を迎えたその朝、主人が床の間を背に座り、あとは“あうん”で祖父や祖母、長男、次男と座る位置まで決まるのが日本の大事な暮らしの文化です。そこで主人が新年の所信を語り、一人、一人に励ましの言葉とともにお年玉を差し上げます。一年間の家族の健康と多幸を願い、お母さんの作ったおせち料理を頂きます。大事なお客様を迎える時や祝い事を行う時も常に床の間から座る位置が決まり、慶事がとり行われます。400年以上もの昔から、日本人には人をもてなす文化として茶の湯の文化が今日にまで受け継がれています。この茶道においても床の間を中心に座る位置が決まります。このような先人が残してくれた日本固有の文化の素晴らしさを痛感いたします。ところが近年では、床の間のある日本間を作る方が少なくなっています。床の間より物入れが欲しいというのです。収納も大事ですが暮らしの文化も大切です。私は可能なかぎり収納スペースを確保する努力をした上で、床の間をつくるようにお願いをしております。人間は精神的存在でもあります。長い歴史の文化にはそれなりの尊い価値があるものです。何百年も受け継がれてきたこの住宅文化を、収納スペース確保だけのために壊したくないと思います。お施主様も、私たち請け負う側も、何が暮らしにとって一番大切か、床の間にかぎらず、暮らしと文化についてしっかりと見つめ直す時期に来ているように思えてなりません。
田子式規矩法大和流六代目 棟梁 田子和則